IPOまでの道のり(その1)

今回は、アメリカで上場するまでのスケジュールをまとめたいと思います。大きな流れとしては以下のようになります。
なお、経営管理体制の整備も整った状態(国内上場であれば直前々期に構築目標)で、さあ、本格的に米国上場のためのForm F-1(有価証券届出書に相当)を作成しよう!という段階を前提にしています。また、直前々期までの財務諸表監査が必要なのは、米国IPOでも同じです。

  • キックオフ(発行体カウンセルの採用)

  • デューディリジェンスの実施・役員及び主要株主向け質問状の送付

  • Form F-1作成

  • 主幹事証券会社による審査

  • 監査法人による監査

  • Form F-1のSECへの提出・やり取り

  • Form F-1の効力発生・ロードショー・上場承認

  • クロージング・上場

デューディリジェンスやForm F-1の作成に、通常、半年近くかかります。

それと並行して、主幹事証券会社による審査や監査法人による監査(期中や過去の分)を行い、Form F-1のSECへの提出・審査が行われることから、通常、上場目標の12か月以上前から準備を開始する必要があります。

また、重要なポイントとして、一般的には、直前事業年度末から9か月以内に上場することを勧めています。期末から9か月を超える場合、直前期末の監査済財務諸表に加えて、期中の財務諸表が要求されることとなり、その分相当な手間が増えるためです。

画像
スケジュールの概要(Xは上場月)

キックオフ

Form F-1の作成に向け発行体のカウンセル(主に米国弁護士)を採用してキックオフです。恐らく、国内で事業活動をしてきた未上場企業にとっては、米国弁護士の採用が大きな一歩かと思います。上場目標の遅くとも12ヶ月前には米国弁護士を採用してForm F-1の作成準備はスタートしておきたいです。

引受証券会社(アンダーライター)はいつまでに必要?

国内上場であれば、主幹事証券会社は直前々期の初め頃には選定されているかと思います。国内で、そろそろ上場準備しようと考える程に成長した会社であれば、容易に証券会社にアクセス可能と思います。

しかし、アメリカで上場しようという場合、証券会社や投資銀行へのアクセスが日本国内ほど容易ではありません。そうすると、日本のように直前々期、もしかすると、直前期でも、アンダーライターを選定できない可能性もあります。大丈夫なのでしょうか?

当然、アメリカでの上場でも、日本での実務と同様のタイミングでアンダーライターが選定されているに越したことはありません。しかし、そのタイミングで選定されていないとしても上場できないということはありません。キックオフ、つまり、米国弁護士採用のタイミングでまだアンダーライターが選定されていなくても(誤解を恐れずにいえば、上場目標の12ヶ月前を切った段階にもかかわらずアンダーライターが選定されていなくても)、最終的にアンダーライターを選定できForm F-1を完成できるのであれば上場は可能です。投資銀行がその気になりさえすれば彼らはやり切ってくれます。

もちろん、ただ上場さえできればいいというわけではないですし、アンダーライターも審査を行う日程は必要です。発行体の事業分野に精通し販売力のあるアンダーライターを選定して、彼らと充実したF-1を作成し、素晴らしいロードショーを実施して、上場を名実ともに成功するためには、せめてキックオフのタイミングでアンダーライターが選定できているのが望ましいと思います。

デューディリジェンス

プロジェクトがキックオフを迎えると、まずは、発行体カウンセルによる発行体に対するデューディリジェンス(DD)が行われることとなります。つまり、対象会社に対する調査です。

目的

このDDは、有価証券届出書に相当するForm F-1の作成のために行われます。M&AでもDDが行われ、会社組織の把握、ディールキラーとなる項目の不存在の確認などが行われますが、上場案件特有のものとしては、以下があげられるかと思います。

  • Form F-1に記載するリスクファクターの抽出

  • 開示対象となる重要契約の抽出

  • 利益相反取引をはじめとした関連当事者取引の抽出

  • 日本実務に沿った会社形態・ガバナンス体制を整えているか(Home Country Practiceの例外適用可能性の検討)

なお、Home Country Practiceについては重要なので、別投稿で触れる予定です。

上記のDDの内容をもとに、Form F-1が作成されることになります。

Form F-1には、法務事項以外にも、事業の概要やリスクファクター、業績なども記載されます。発行体カウンセルは、弁護士がつきますが、単に法務事項だけをみればいいというわけではなく、事業に関してのインプットの上、それをF-1に落とし込む必要があります。この点で発行体カウンセルの役割は重要です。

日本法弁護士と米国法弁護士の役割分担

DDは発行体カウンセルによって実施されます。Form F-1のファーストドラフトを作成するのは米国法弁護士である以上、この作業は、米国法弁護士によって行われるのが理想的です。

しかし、一方で、米国法弁護士は、米国法の専門家で、かつ、母国語を英語とします。他方で、発行体は、日本法に基づいて設立され、かつ、日本語で日常の業務は運営されており資料も日本語が圧倒的多数です。

そのため、発行体を直接調査するのは、日本語を母国語とする日本法弁護士であり、このDDが日本に拠点を置く法律事務所の主要なタスクの一つとなります。そして、日本法弁護士が行ったDDの結果をDDレポートにまとめ、米国法弁護士に報告し、その報告をもとに、フォームF-1を作成するという段取りとなります。場合によっては、米国法弁護士が来日し、発行体の事業所で実地DDを行うこともあり得ます。

また、上で頭出しだけしたHome Country Practiceの例外を発行体に適用するにあたって、日本法弁護士の役割は非常に重要です。

役員・主要株主向け質問状

デューディリジェンスの一環として、役員や主要株主に宛てて質問状を送付します。発行体に対する影響力の高さ、関連当事者取引の有無、独立性の程度、その立場にいることの適格性などを評価するために数十個の質問を行い、それらに回答してもらうことになります。

Form F-1の具体的内容などについては、また後日説明したいと思います。

米国上場プロジェクトの関係者

米国上場プロジェクトには誰が関与?

これまでの投稿では、米国上場とは何?日本での上場とは何が違うの?という点から紹介させて頂きました。
本投稿では、いざ、米国上場しよう!と決めたときに、どのような関係者がプロジェクトチームとして関与してくるのかを紹介したいと思います。

米国上場で肝となる関係者としては下記が挙げられます。

  • 発行体(Issuer)

  • 引受証券会社(Underwriter)

  • 米国監査法人(US Auditor)

  • 預託銀行(Depositary Bank)

  • 証券取引所(Stock Exchange)

  • 発行体のカウンセル弁護士(Issuer Counsel)

  • 引受証券会社のカウンセル弁護士(Underwriter Counsel)

画像

これに加えて、上場直前においては、以下の関係者も重要な役割を担います。

  • カストディアン(Custodian)

  • 印刷会社(Printer)

  • 株主名簿管理人(Transfer Agent)

  • DTC (Depository Trust Company)

以下では、各関係者について、触れていきたいと思います。

発行体(Issuer)

上場プロジェクトにおける主人公です。

CFOをリーダーとして、財務会計部門、事業部門、IR部門、管理部門を中心にプロジェクトチームが組成されるのが多数だと思います。

引受証券会社(Underwriter)

上場にあたり発行体のADRの引受を行い、アメリカ国内の投資家への販売を担当するアメリカの投資銀行です。これは、日本でも同じですが、どの投資銀行を引受証券会社として選任するかが、目標とする調達額を達成できるか、株価形成がうまくいくかに影響を与え、上場成功のカギともいえます。

別の投稿で紹介するForm F-1の作成もこの引受証券会社と一緒に行います。

米国監査法人(US Auditor)

こちらも日本と同じイメージでいいと思うのですが、財務諸表監査(+内部統制監査)を担当する監査法人です。当然、米国における監査資格がある監査法人を選任する必要があります。

この監査に耐えうるか(コンフォートレターを発行してもらえるか)も上場手続の肝となります。

預託銀行(Depositary Bank)

前の投稿でも紹介したとおり、発行体の普通株式の預託を受け、ADRを発行する銀行です。ファイリングからクロージングまで、クロージング後においても末永くお付き合いする会社です。

なお、ADR上場後、ADRの裏付けとなる普通株式の株主名簿上の株主は、この預託銀行となります。実質株主名簿については米国の実務も含めて理解が必要になります。これはまた後日お話しできればと思います。

証券取引所(Stock Exchange)

もはやいわずもがなと思います。ADRを上場させ、投資家に広く取引してもらう市場です。米国上場にあたっては、ニューヨーク証券取引所(NYSE)かナスダック証券取引所(NASDAQ)のどちらかへの取引所を検討することになります。

各証券取引所の特徴としては、以下のようになります。イメージ通りといえばその通りなのですが、親交のある米国弁護士も同じ意見でした。

  • NYSEは、伝統産業、成熟企業が上場

  • NASDAQは、新興、テック系の会社が上場

上場基準などについてはまた日を改めて触れていきたいなと思います。

発行体のカウンセル(Issuer Counsel)

通常、発行体には、カウンセルとして米国法弁護士と日本法弁護士の双方がつきます。米国上場では、発行体のカウンセルとしての弁護士が重要な役割を担います。というのも、有価証券届出書に相当するForm F-1の作成、そのバージョン管理、関係者との調整、SECへの提出、SECや上場予定の証券取引所とのやり取りなど上場手続きのほぼ全てをリードするのが、この発行体のカウンセルだからです。詳細はまた別の投稿でお話します。

引受証券会社のカウンセル(Underwriter Counsel)

米国法弁護士がカウンセルに就任します。引受証券会社は、その引受審査にあたり、発行体に対して調査を行うので、その際、引受証券会社とともに法務部門をこの米国法弁護士がリードすることとなります。発行体が日本法準拠の会社である以上、通常は、日本法弁護士も選任されることとなります。

カストディアン(Custodian)

発行体の株主である預託銀行は、発行体からみたときに非居住者です。そのため、株主としての権利行使事務のために日本居住者が選任され、その日本居住者に対して全権委任します。その日本居住者が、カストディアンです。通常、日本国内の金融機関が選任されます。

印刷会社(Printer)

SECへのファイリングは、EDGARという、日本でいうところのEDINETに相当するシステムを通して行われます。このEDGARのフォーマッティングや提出事務を行うのが、開示専門の印刷会社です。度々触れるForm F-1のアップデートの回覧などはこの会社が行うこととなります。

株主名簿管理人(Transfer Agent)

日本で選任される会社法上の株主名簿管理人です。米国上場のクロージング事務にあたって、株主名簿の異動があるために関与することとなります。

DTC (Depository Trust Company)

日本のほふりに相当する機関です。有価証券の電子化、清算・証券保管業務を行っています。上場のクロージング直前にADRのDTC登録手続などで関与します。

以上、関係者について触れていきました。今後、具体的なスケジュールや段取りに触れていく予定なので、必要に応じて、深堀りしていきたいなと思います。

ADRの上場のタイプ

アメリカでは、ADRの上場時に資金調達を行うか否かなどにより、3つのタイプに分かれ、それに応じて、上場時にSEC(Securities and Exchange Commissionの略。米国証券取引委員会。日本における金融庁みたいな位置づけ)に対して提出する書類の種類が違います。

3つのタイプ?

3つのタイプとは以下のとおりです。

レベル1ADR

証券取引所への上場ではなく、OTCマーケットで、既発行の株式を用いてADR上場するもの

おそらく、日本企業でこのレベル1ADRで上場しようとする会社はいないんじゃないかと思います。

レベル2ADR

証券取引所へ、既発行の株式を用いてADRを上場するもの

直近の例だと、2018年に、いきなりステーキで有名なペッパーフードサービスがこのレベル2ADRでNasdaqに上場しました(現在は上場廃止)。

おそらく、既に日本国内で上場を果たしている会社がとることが多いだろうと思っています。

レベル3ADR

証券取引所へ、新株発行によりADRを上場するもの。資金調達が行われる。

日本で非上場企業が米国上場を目指す場合、多くの場合、上場と同時に、成長資金の調達を行いたいだろうと思いますので、このレベル3ADRを目指すことになるだろうと思います。

まとめると以下になります。

画像

SEC提出書類?

上の表を見ると、SEC提出書類というものが目に入ります。冒頭でも簡単に触れたSECへ提出する書類なのですが、レベルが高くなるにつれて、必要な書類が増えていくのがわかると思います。

Form F-6はADR発行の際に必ず必要な書類で非常にシンプルな書類です。

Form F-1は、日本の有価証券届出書に相当するものです。これが、上場にあたって頭を悩ませるもので(日本でも同じですが。。)、事業の概要、リスクファクター、業績など、通常100ページを超える長大なものを何か月もかけて準備することになります。

Form 20-Fは日本の有価証券報告書に相当するものです。上場後、毎事業年度終了後、毎年の会社の業績や株式の状況、コーポレートガバナンスの状況などを開示するために提出します。

Sponsored? Unsponsored?

ここまで紹介したものは、上場しようとする会社の関与により行われるものを前提としています。しかし、中には、発行体が関与せずに証券会社と預託銀行の関与のもとADRが発行され流通するものもあり、このようなADRはUnsponsored ADRと呼ばれます。これとの対比で、発行体関与のADRをSponsored ADRと呼びます。

Unsponsored ADRは発行体が関与せずに流通するので、発行体はそのADRについて何ら投資家に対して責任を負えないはずです。しかし、これに巻き込まれた日本企業がありまして、例えば、東芝は、2015年に起きた自身の不適切会計問題に端を発して、Unsponsored ADRの保有者から米国の裁判所に集団訴訟を提起されてしまいました。一種の有名税として割り切るしかないのか、複雑な心境です。

以上、ADRのタイプでした。

米国上場の仕方

米国上場って国内上場と何が違うの?

まず、上場というと、国内で上場する場合には、東京証券取引所のような株式市場に自社の株式を公開することになります。この「公開」とは、ざっくり言ってしまえば、みんなが、その会社の株式を、証券会社を通して、1株850円で売ったり、買ったりできるようになる、ということです。

米国上場も全く同じ発想です。ただ、国内上場とは違う特殊な点として、株式そのものが公開されるわけではありません。株式と同じ機能をもつ証券を、上場しようとする会社でないアメリカの銀行が発行して、その銀行が発行した証券がアメリカの株式市場に公開されることになります。

アメリカの銀行が発行する証券?

この証券のことをADRやADSといいます。それぞれ、American Depositary Receipt 、 American Depositary Shareの略です。厳密には両者には違いがあるのですが、本稿で説明するにあたってその違いは大きな意味はありませんので、以下、ADRといいます。

ADRが発行されるってどういう仕組みなの?

日本企業が、アメリカの証券取引所で取引されるためには、通常、このADRを通して上場させる必要があります。

画像
トヨタ自動車の例

具体的には、アメリカ国外で設立された会社(例えば、日本の株式会社)が発行する普通株式をアメリカ国内で営業する銀行に預け、その銀行が預かった普通株式を裏付けとして、証券を発行します。その証券をADRといいます。そして、このADRを発行する銀行のことを預託銀行といいます。

画像

このADRを保有する投資家は、その裏付けとされている普通株式の基本的な権利、つまり、議決権や配当を受ける権利を享受することができます。なお、ADRは、日本の金商法上、2条1項20号の有価証券に該当します。

ADRの割合?

この裏付けとなる普通株式とADRの割合は、必ずしも1:1である必要はありません。
例えば、日本で設立されたA株式会社の普通株式10株を裏付けとして、アメリカで営業するB預託銀行がその10株と引き換えに1 ADRを発行する場合、1 ADRの保有者は、A社普通株式10株の保有者と基本的には同等の立場として権利を行使できます。
普通株式とADRの割合をどうするかは、その会社の資本政策次第で自由に設計可能です。

ADR以外には?

このように、ADRをアメリカの証券市場に上場させることで、アメリカ国外の企業がアメリカで上場することができるようになります。

米国上場には、この他にも、アメリカに法人を設立して、その株式を上場するやり方や、最近注目を浴びた買収目的のビークルを設立してそれを上場させるSPAC上場というやり方もあります。

これらは既にいろんな所で解説されていますので、詳細はそちらに委ねたいと思います。

  • #アメリカ
  • #IPO
  • #上場
  • #US
  • #米国IPO
  • #ADR

    noteもやってます。

はじめに

何を投稿していこうかと考えていましたが、とりあえずやろうということで投稿を始めることにしました。

米国上場について書き始めようと思います。一言で米国市場への上場といっても色々とやり方はあり、東証に上場している企業がNYSE(ニューヨーク証券取引所)やNasdaq(ナスダック証券取引所)に上場したり、最近話題のSPAC上場したり、といろんな意味があります。しかし、本投稿では、日本では非上場の会社が、米国市場にいきなり上場することについて焦点を絞って投稿していきたいな、と思っています。

なぜ投稿しようと思ったかというと、2020年12月に、約20年ぶりに国内非上場企業が米国に上場したのですが、当然ケースは少ないわけで、ぜひとも、興味を持つ方々から参考にしてもらって後続の事例が増えていったらな、との思いからです。
それと、私自身の備忘も兼ねてです。

それでは、次回の投稿から、具体的な話をしていきます。